「会社を辞めようと思ってね──」
    若い頃雀荘で同僚だった男が、以前そんなことを話していた。
    類は友を、とはいうが──、やはりこの業界にいると、見知った人間も自然雀荘従業員ばかりになってしまう。そうした中、雀荘を巣立って真っ当な道へ進む友人のことを祝福したい気持ちは無論あるのだが、自分だけが取り残されたような、置いていかれたような物寂しい感覚はやはりいつも拭えない。
    私自身好きで選んだ道とはいえ、雀荘というある種特異な空間に落ち着いてしまった現状に、人並みの後悔がないわけではないのである。
    だから最初はその彼の言葉をそのままに受け取って、なんだやっぱりまともに勤めるのは無理だったのか、仕方ないなあ、と小馬鹿にして──、内心では自分と同じ境遇に戻ってくることを予想して嬉しく思っていた。
    ところがよくよく彼に話を聞いてみると、私の身勝手な期待はあっさりと裏切られた。
   「今システムエンジニアをやってるんだけど、会社を辞めてもっと必要な資格の勉強をしたいんだ。今のままじゃ雑務に追われてスキルアップを望めない。仕事の幅を増やせないからね──」
    彼は現状の安寧の場に満足せず、先の展望を開くことを目的として一歩後退しようと決意したのである。
    先日マルジャン放送局に出演したときの手牌に、こんなのがあった。

    オーラスを迎えてトップの親と13900点差。ハネツモが必要な状況で2巡目にこの形。
 
    345の三色のイーシャンテン。ほとんど形が決まっており、ここからはほぼ一直線に摸打を繰り返すだけだと思っていた。ただ、下家が第1打に

を切っており、このままカン

、カン

と心中するのは正直心許なかった。
 
    するとここにツモ

で打

。
 
    そしてツモ

で分岐点となる。
 
    どうせ現状

が必要ならば、カン

にこだわらないで済む234に移行してみようか。打

。
 
    そして6巡目、ツモ

。
 
    もちろん

切りのイーシャンテンキープが自然だが
──、ここは123か234の三色を両方狙えるように、

を切った。
 
    リャンシャンテン戻し。

以外に雀頭を求めたいのでこう打った。昨今の麻雀では、シャンテン数を戻すことはあまり好まれない傾向があると思うが、ここは先の展望を開くための後退である。

だって立派な雀頭候補だろう。
   そしてツモ

で打

。
 
   ツモ

で打

リーチ。我が意を得たり、か。
 
    結局その彼は1年の勉強で資格を取り、すぐ新しい職場に移った。会社を辞めて一旦は後退するかのように見えて、実は力強い意志のこもった前進をしていたのである。
    私の意志に応えるかのように、ハネツモに必要な裏ドラもいてくれた。
    彼とこの手牌が教えてくれたように──、そこに目標があるのならば、立ち止まったり振り返ったりすることも、決して無駄ではないだろう。
    前途を見据えたリャンシャンテン戻しを見事に体現した彼の門出を、今度こそ心から応援したいと思う。
                
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						「意志のある後退」が実践された模様はこちら
					 
					
					  
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