なんでもあり、を厭わないこと。これは私が長年東風戦のメンバーを勤めてきて染み付いた、逞しく生きていくために必要な心がけである。
和了りトップのオーラス。ここに上家が、場に2枚目の
を切ってきた
──。
うちのメンバーの一人が、店の近くに部屋を借りたいという。彼は昔空手を習っており、麻雀を打つ腕が不似合いに太かった。総合格闘技が好きで、テレビでやっているのをよく仕事中に覗き見ている。
Vale Tudo(バーリ・トゥード)という、総合を指す言葉がある。ポルトガル語で、「全てが有効」という意味である。
世の中も、決まったレールに沿って物事がなされるとは限らない。つくづく、なんでもありだと思うことが多い。
彼に付き添って、新宿のとある不動産屋に行った。彼は独り暮らしというものを経験したことがなく、部屋探しや契約には不安があるだろうから、保護者のつもりで同伴したのである。
店内は真新しく、有線の音楽が流れていて、若い社員ばかりだった。こういう明るい雰囲気が顧客を入りやすくさせるのに一役買っているのかもしれないが、私個人としては昔から地域に根付いているような古臭い不動産屋の方がしっかりしているイメージがあり、好みであった。
ともあれ、応対する若い社員に彼の条件を提示し、候補をいくつか持って来てもらう。彼も気に入った物件があり、すぐに審査の運びとなった。
後日、不動産屋から彼の元に電話がある。やはり雀荘アルバイトではちょっと・・・と、先方の大家が渋っているという話だった。
雀荘メンバーに世間の風当たりは優しくはない。部屋を借りるのだって決して容易ではないのだ。
肩を落とす彼に、不動産屋がこう言った。
「どうしても契約したいのでしたら、こうしましょう。私どもの用意する会社に内定が決まっていることにして、正社員として部屋を借りられるよう交渉します。それならば大家の印象も違うでしょう」
なるほど契約するにも色々な方法があるものだ。業界に新規参入してくる不動産屋というものは、古臭い型に嵌らず、こうやって柔軟な発想で顧客を獲得しているのかもしれない。
アルバイトでも借りられる部屋を探すとか、いっそのことちゃんと就職してしまうとか、他に方法もなくはないのだが、世の中そう上品に生きていくばかりが得策とも限らないだろう。
無論誰かに害を及ぼすようなことはあってはならないが、ある程度のVale Tudoを厭わないことが、逞しく生きていくことの第一歩だと思う。なんでもあり、は群雄割拠の世の常だ。
和了りトップの2巡目西家である。なんでもいい、和了ればいい、という場面で私は格好にこだわらない。
私は
を鳴いた。もしも後に
を引いたとき、既に2枚打たれている
はネックになるからだ。
現状三色など出来ていないが、
の保険もある。上品に門前にこだわるのも悪くはないが、麻雀は、立ち技限定のK−1グランプリではない。なんでもありの、総合格闘技なのである。
私はツモ
と来てこの形。
ここに
が打たれたら、鳴いて打
とする。
のバックか、
のチーにかけられる。実戦では先に
が切られたので、喜んでチー。構想通りに事が運んだ。
すぐに
が打たれたが、もうこれは鳴かない。鳴くなら
が重なっていて、ポンテンが出来る場合だけだ。
勿論、門前で手を進めることが緩手だというわけではない。が、門前が美しいとも決して思わない。意志を持って鳴いた手を、個人の価値観で切り捨てることなどあってはならないと思う。
このとき対面の親も、チーテンの
バックを入れている。
私の両面仕掛けに焦ったのかもしれないが、私から
がこぼれれば無論逆転。脇から出ても私の和了りは潰せる。立派な、Vale Tudoの戦いぶりだと思う。
この局は私がこれを和了って決着。麻雀は、門前どうしの運のぶつかり合いだけではない。足掻いて和了りを奪い合うのも、自由な戦いの醍醐味であろう。
もちろんイカサマや不正などは論外であるが、Maru-Janという決まった枠内で、自分に制限を課して戦う必要などない。和了る方法は、なんでもありだ。
彼はほどなくして、その不動産屋の斡旋した会社──、インテリアデザインを請け負っているというところに入社の手続きをした。
無論実際に就職するわけではなく、すぐに内定を辞退するのだが、頑健な彼にインテリアデザインという言葉がどうにも似合わなくて、苦笑せざるを得なかった。
無事賃貸契約を済ませ、彼の新しい住処が決まった。
「それにしても、親切な不動産屋があるものだな──」
私は、自分の想像の埒外にあった不動産屋のやり方に感心していた。
「ええ──。でも、内定もらうのに、手数料が何万か掛かりましたけどね。それにしても、契約書を見るとその物件も不動産屋所有のものみたいですね。大家が渋ったって、なんとか説得させられないものですかね──」
私はふと、疑問を抱いた。
もしかすると、最初から手数料をふんだくるために、こういった絵図を提示したのではなかろうか。もともと大家も会社も実際には存在しておらず、アルバイトで肩身の狭い賃借人に内定を売りつけることで、掠りを得ているのではないだろうか。
まあそれも──、なんでもありの世の中だ。
とりあえず、新居を彼は気に入ったようで、気ままな独り暮らしを満喫している。世間の風は冷たくとも、戦っていくのは自分の力である。彼のひとまずの休養を、見守ることにしよう。
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