自宅のクローゼットにあるスーツは、月に1、2回だけ袖を通す。
私たち麻雀プロという人種は、麻雀の公式対局というものがある。年間通じて行われるリーグ戦や、短い期間の大会など様々な形式のものがあるが、それらは特に対局料が用意されているわけではない。
私たちは自己の麻雀に対する情熱をかけ、慣れぬネクタイを締め、わざわざ参加費を払って
タイトル戦に出場しているのである。
無論、決勝以上に勝ち残った選手くらいは賞金という名目での対局料を手にすることは出来るのだが、囲碁や将棋のプロとは一線を画しているのはまさにこの基盤の違いであろう。私たちは、対局だけで食っていくわけにはいかない。
このような実情から、麻雀プロとは何がプロか、と揶揄されることも多い。それでも私たちは、競技麻雀という形で麻雀というゲームの面白さ、奥深さを伝えていくために、日々対局に臨んでいる。
私たち麻雀プロが愛して止まないのは、博打ではなくゲームとしての麻雀である。オンライン
ゲームであるMaru-Janに参加されている諸兄姉と、根底にある情熱は全く同じだと思う。
さて、年明け早々に「第8期雀竜位戦」という協会のリーグ戦があった。
私たちは対局を間近に控えると、競技選手同士でセットを組み、予めその対局のルールでの麻雀を打っておくことが多い。せいぜい月に1、2回の公式戦であるから、選手によっては何ヶ月かブランクが出来てしまうこともある。
対局に対する熱意の大きな者ほど、準備の重要性というものを理解しているものなのだ。
私も、正月休みの暇な時期に仲間からセットを誘われていたのだが、子供が生まれた手前、実家に顔を出さないわけにもいかず、数年振りに田舎で正月を過ごしていた。
東京に戻ってすぐ、仲間に頼んでセットを打ってもらったが、正月に母親が張り切ってご馳走を振舞ってくれたもので、「少し丸くなったねえ」と皆に笑われた。
セットの結果は大勝であった。迫る雀竜位戦に向け、協会ルールでの麻雀は準備万端といえた。やはり、来るべき対局に体を備えておくというのは、麻雀プロにとって大切なことだろう。
Maru-Janでもこんな牌姿があった。オーラス南家のトップ目である。
ここに4巡目、上家から

が放たれた。当然のポンだが下家の河に既に

が落ちている。
ここは単純にイーシャンテンに取らず、柔軟な変化に構えて打

とした。
そして6巡目、ツモ

と来てこの形。
さて、この牌姿は普通打

とするのが聴牌には一番広い。逆にもっとも手狭なのは

切りだ。しかし、

が手牌合わせて3枚見えて、萬子は

‐

受けが強そうだった。
実は私自身第1打で

を切ってしまっているのだが、上家が4巡目に

を切っており、上家からはチーできそうなところ。

を切っていること、

が既に2枚見えていることから、

と

のくっつきもやや弱い。
よって、ここは打

として

‐

、

‐

、

‐

のチーテンに構えた。そもそも端にかかった牌は場に放たれやすいものだ。
来るべき事態に構えておく、というのは重要なことだ。ほどなくして上家が

をツモ切り、食ってすぐ聴牌。

で最速の和了りを得た。
想定しうる状況に対して、牌姿をそのように構えておくことは有効である。麻雀プロが対局の前に練習するのを怠らず、準備を入念にしておくのと全く同様であろう。
リーグ戦当日の朝。十分な睡眠を取り、朝食を平らげて、私は自らの充実ぶりに満足していた。今年最初の対局でブランクはあるが、準備は周到に行った。完璧だ。
そうしてクローゼットから、やや埃を被ったスーツを取り出す。ズボンを履いて、ふと違和感を抱く。
こんなに、キツかったっけ・・・。
ズボンのファスナーが、上がらないのである。ただでさえ体脂肪に気をつけ始めなければならない年齢なのに、正月の不摂生を挟んで、私の腹はかつてないほどに膨れ上がっていた。
私の体は、対局の構えなどまるで出来ていなかったのである。私は結局、出張った腹をベルトで押さえつけて抱えたまま、苦しい苦しいリーグ戦を戦うことになった。
準備の大切さというものが、文字通り身に染みた対局なのであった──。

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