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土田浩翔プロ 特別書き下ろしコラム
14人の師

土田浩翔(つちだ こうしょう)
第11、22期鳳凰位・第22、23期十段位、第26期王位/他多数
著書「土田流麻雀 仕掛けを極める」
「最強麻雀土田システム」
「麻雀が強くなるトイツ理論」

第七十一打「私の麻雀:前編」 2026/10/09

今まであまり私個人の打ち方について語ってこなかったので、プロ生活四十年で培ってきた「麻雀とは何か?」を記しておきたいと思います。

もっとも大上段に構えてみたところで「麻雀とは何か?」の1割も理解していないところはご容赦ください。

<東1局>

この開局は私が一番大事にしている局と言っても過言ではありません。

この局の入りかた次第でゲームの趨勢が決まってしまうことが多く、私自身の<麻雀観>が色濃く反映されます。

東1局は何も自覚できていない局ですから、とてつもない<運>があるかもしれないという前提で手牌を進行させます。

もっとも、ほとんどの開局ではその想いが打ち砕かれるわけですが、大きな目標を掲げて打っていくという入りかたが私にはフィットしているようです。

東1局東家の配牌です。

一萬二萬四萬六萬九萬二筒三筒七筒一索八索九索東東北 九索ドラ

ここからの第1打は六萬。

第2打は四萬。

大きな目標を掲げるわけですから、こんな最終形を描いています。

一萬二萬三萬一筒二筒三筒一索三索九索九索東東東 九索ドラ

この最終形に必要な牌は

三萬、一筒、三索、九索、東の5枚です。

そんなうまくいくわけがない、そう考えるのが普通です。

それでも私は極めて高い<運>を携えて座っているかもしれないという淡い期待をもって第1打、第2打と選択していきます。

もちろん多数派の第1打は北でしょう。

123の三色、マンズの一気通貫の芽を摘むことなくダブ東のポンにも備えられる、何ひとつ文句のない選択に見えるからです。

赤五萬でも早めに引ければチー・ポンを交えながらこんな最終形も視野に入るはずです。

四萬赤五萬六萬一筒二筒三筒四筒東東東 七索八索九索 九索ドラ

開局の親満は嬉しいものですし、たとえ赤五萬を引けなくても、ダブ東が鳴けて5800をアガれれば幸先のいいスタートとなるはずです。

そんな現実から遊離していく六萬四萬外し。

道中赤五萬を引いてしまったらツモ切りすることとなり、河には六萬四萬赤五萬と並ぶわけですが私はこの事実だけを直視します。

いわゆる手なりで打っていれば赤五萬含みの1組が完成して親満に一歩前進できたということは極めて高い<運>ではなく、やや高めの<運>をいただきながら座れたんだなという自覚です。

ただし、赤五萬が入っていたとしても和了まで到達していたかはチェックのしようがないため「藪の中」です。

なぜならダブ東をイチ鳴きしないからです。

東1局の親で少なくとも5800が見える手牌でイチ鳴きしないのは不自然だろうという声は当然あるでしょう。

これが私の<東1局>の思考というか<麻雀観>で、もしかするととてつもなく高い<運>に恵まれているかもしれない、その前提で打つことで「見えないものを見よう」としているのです。

<南1局>

高い目標を掲げて入った東1・2局。

そして東3局・4局と進み、自分の身にも様々な好運や災厄が訪れこの局を迎えています。

ここからは<大局観>を前面に出して打っていきます。

ここで言う<大局観>とは私流に解釈しているものですから、正しい用語の使い方ではないかもしれません。

その<大局観>とは、1局ごとに変化する<運>に見合う自身の役割(できること)を客観的に確認することです。

主観的に判断してしまうと、相手との点差や守るべき順位のことが先行し、「こうしたい、ああしたい」と、出来そうもないことまで願望のまま打っていくことになります。

ところが<大局観>に従って打つことになると、手牌を見ても客観的な判断ができるため、叶わぬ夢を追いかけることも無くなります。

南1局東家6巡目

三萬四萬五萬五萬七萬三筒四筒六筒六筒三索五索七索八索二索ツモ 六萬ドラ

さてここから何を切るのか?

迷うところですが<大局観>に従う私の選択ははっきりしています。

わかりやすいようにこの親が置かれている状況を3つに分けておきます。

A.+15000

B.原点

C.▲15000

このABCで私は同じ手牌・同じ場況でも選択を変えて打っています。

【A】

かなりプラスしていますから、できることは沢山あり、希望も叶いやすい状況と判断します。

打牌は二索。

ツモ切りします。

従って狙いの最終形は

三萬四萬五萬五萬六萬七萬三筒四筒赤五筒六筒六筒三索五索 六萬ドラ
三萬四萬五萬五萬六萬七萬三筒四筒六筒六筒三索四索五索

この2通りの最終形になると踏みます。

同じ三色でも次のような最終形は描きません。

三萬四萬五萬三筒四筒赤五筒六筒六筒三索五索七索八索九索 六萬ドラ
三萬四萬五萬三筒四筒五筒六筒六筒三索五索六索七索八索

ドラの六萬。

これが引けるか引けないかで最終形は大きく変わります。

この局の時点で+15000という身であることから、私の<大局観>による判断では六萬は引ける、というのがかなりの確信をもっての結論です。

そもそもドラという存在は<運>に左右されるところがあり、七対子がその典型で、持ち点が増えれば増えるほど先にドラが対子になっていて、持ち点が減るほどにいくら待ってもドラは重ならないのです。

これは<大局観>を前提とした私の<麻雀観>の骨格を形成しています。

【B】

南1局を迎えて原点ということは、可もなく不可もない状況。

大望は抱けないものの、悲観的になるほどではなく、和了しやすい形を最終形にしてリーチをかけていける状況と判断します。

従って三色にはこだわらず形を優先して五索を切ります。

三萬四萬五萬五萬六萬七萬六筒六筒一索二索三索七索八索 六萬ドラ
三萬四萬五萬三筒四筒赤五筒六筒六筒一索二索三索七索八索

こんな最終形を目指します。

<大局観>に従っての好形テンパイ作り。

これがこの局のテーマになります。

【C】

▲15000という重荷を背負って迎えた南1局の親。

心情的にはとにかく連荘して少しでも失点を回復し、できうるならば2番手浮上や、さらにはトップまでという想いに駆られるはずです。

でも私の<大局観>からは和了までの道は険しいはずで、いま6巡目2シャンテンの手牌ゆえ9〜10巡目にテンパイしないようなら撤退あるのみと考えます。

この6巡目での打牌は五萬。

ドラ六萬は引けません。

危険なドラ表示牌はさっさと手放し、続けて七萬も河に切っていきます。

三萬四萬五萬二筒三筒四筒六筒六筒一索二索三索七索八索 六萬ドラ
三萬四萬五萬二筒三筒四筒六筒六筒二索三索七索八索九索
三萬四萬五萬三筒四筒六筒六筒一索二索三索七索八索九索

これらのテンパイが9巡目までに叶えばリーチをかけられますが、テンパイが10巡目以降になるようだとヤミテンからのオリという進行になりそうです。

ピンフのみのテンパイですから、9巡目までにテンパイしてもヤミテンで我慢することも大いにあり得ます。

「親だから」などといつもと同じような気持ちで子方を抑えつけようとすると、手痛いシッペ返しが待っていると<大局観>は語ってくれているからです。

ここまで、開局と南1局における私の打ち方と、その背景にある<麻雀観>をお話ししました。

次回はこの話の続きと、私が第1打に字牌を選ばない真意を記したいと思います。

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