普段メンバーをしている店で、ある日電話が掛かってきた。
「あのー、今開いてますか?新規で行きたいんですけど」
中年男性の声だが、妙にまとわりつくような、丁寧な口調だった。
「ええ、やってますよ。是非お越し下さい」
私がありきたりな営業文句を口にすると、電話の向こうで男が少しだけ迷った様子を見せる。
それから意を決したように男が発した言葉は、私が予想だにしないものであった。
「あのー、私、オカマなんですけどいいですか?」
来店したその客は、遠目には分からないが、紛れもなく女装した中年男性だった。青い頬をファンデーションで覆い、太い指には赤いマニキュアが鈍く光っていた。
聞けば、最近この辺りに越して来たらしく、麻雀は好きなのだがこの風体で歓迎されるかどうかが不安だったらしい。
小さな店なので、見た目はどうあれ新規客が増えるのは有難いものだ。常連も気の良い人たちばかりなので、割りと皆暖かく迎え入れてくれた。
“彼女”の麻雀は至って普通だったが、東風戦はほとんど初めてらしく、門前で腰が重い印象があった。
そういうわけで彼女もよくリーチを掛けるのだが、私が食って捌いてばかりいるもので、ちょっと彼女も閉口した様子で、
「よく鳴くわねえ」
と眉をしかめた。
他人が見たら私の打ち方は、何も考えずポンチー仕掛けているように見えるのかもしれない。
麻雀の基本は門前だと、古くから言われているが、私は門前も鳴きも同列に考えている。どちらが良くてどちらが悪いということはない。それぞれ臨機応変に、局面に合った行動をするべきだ。
あるMaru-Janの1局である。⇒
東2局、私は南家で、6巡目に早々イーシャンテンになる。
上家の親が激しく仕掛けてこの形。
親は序盤から字牌を切り飛ばして行っており、もツモ切っている。混一というよりは対々の匂いが濃い。
見えてない字牌はダブとドラのであって、これらで放銃するわけにはいかない。
中盤、手が動かぬままツモと来た。
親は直前にを手出ししており、まだ聴牌かどうかは微妙なところである。牌譜を見るとあまりに遠い仕掛けで面食らったが──、こちらとしても初見の相手を軽んじる理由はないので、
ここはを押さえておいた。が2枚見えているため、打とする。
そこへ西家からリーチ。
ここだ。このリーチに対する親の動向は見逃せない。親は少考して、手出しの。
まずノーテンである。
私はリーチの一発目にツモ。
まずは打。リーチに当たる可能性もゼロではないが、単純な数牌よりはよっぽど通る。
親も、でロンならともかく、そうでないなら叩いても怖くはない。対々ではリーチに勝ち目は薄いだろう。
結局声は掛からず、私は次巡にまたツモ。
西家の河にがあり、を直前に親が通した。追っかけリーチを前提にして打つなら打だが、食ってかわすことも考慮して打。
果たして親がを打ち下ろし、捌いて和了る。
重ねたは、リーチ者の当たり牌であった。最初の形で何も考えずをツモ切っていれば、西家のリーチを受けても目一杯のイーシャンテンをキープしてで放銃していたかもしれない。
都合よくが重なることで、今度はクイタンでかわす道を得てそれに沿ったのである。
「僕も、何も考えてないわけじゃないんですけどね──」
笑って小さな反論をしたが、彼女は
「男らしくないわ」
と首を振るばかりだった。
あなたがそう言いますか──。苦笑して、その言葉は飲み込むしかなかったが。